Acerca de

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​ 第3回 

​ 一人で生きていける道を模索した 

  TAI さん(35) FtM  

​ (全4回) 

熊本生まれのTAIさん35歳。

性別違和を感じ始めたのは中学生の時。苦悩しながらも大学卒業後から、料理人を志し、修行を積むこと10年。現在は、埋没のFtMとして九州の某所でイタリアンバルを開いていらっしゃいます。コロナの影響を受けながらも、自分の考える料理を出す日々です。過去を振り返るのも久しぶりだと、はにかみながらも、その軌跡を語ってくださいました。

  02 - 3 夢に向かって加速する
   -  初めてのコックコート
​   -  2つ目の夢

​ 第三回 夢に向かって加速する 

【初めてのコックコート 】

叔父の店でバイトをしながら、正式な職場を探した。

一人で生きていくと言っても、料理人である以上、職場では話すことがあるでしょう?と意地悪な質問をしてみた。すると、含み笑いをして、答えてくれた。

「そうですね(笑)・・そうなんです。けれど、当時は、料理人は寡黙なもんだと思っていて(笑)」

「私は思い込みが激しいタイプだったのかもしれませんね(笑)」

 

「普通に忙しい店だったし、いわゆる麺を扱うところだったので、お客さんも回転が早いんですよ。だから、ほぼ喋らなくてよかったです」

 

二ヶ月ほどバイトをして、喫茶店の厨房から始めた。

未経験だったので有名店で働くのは難しいと感じたからだ。

「面接の時、本当にホールじゃなくて、キッチンでいいのかと聞かれました。でも、見かけもこんなだし、手を見て、未経験者と言っているけれど、なんかやっていたんだとは、分かってくれたみたいで」

すんなりと採用された。

喫茶店の厨房は、すべて手作りだったが、ほぼマニュアル化されたものだったので、料理の基礎と、動線や経営について、そして裏方仕事について学んだ。メニューは軽食、パスタ、オムライスなど洋食、食材の処理から実際に作れるようになるまで1年程かかった。

「初めて、コックコートを着ました。男女同じものです。もちろん、一番小さいサイズですが。そう言った意味でも、本当に楽でした。」

人間関係でも、幸運が続いた。

「大学時代の友達がホールで働いていたんです。彼女のおかげで「男っぽい女性」という扱いでいいんだ、と周囲が納得してくれたと言うか。男女も仲が良くて、気楽でしたね」

「ただ、こう言うこともありました。ある時、人が足りなくて、ホールに駆り出されたことがあります。喋ると一瞬で、女性だとバレました。「あの人、女じゃん」と言う言葉を背中で聞きながら、本当に暗い気持ちになりました。今でも、思い出せますよ。あの時の胃から何か込み上げてくる感じは嫌なもんです」

一年間のうちに、次のレベルへ行くために転職活動をし、熊本を離れた。

九州の地元紙で評判のイタリアンレストランが求人をしていたため、すぐに応募した。

「食べに行った時に、店の表にポスターが貼ってあったので、写真を撮っておいたんです。そのあと、普通に連絡しました。とにかく、根性はある的なことを言った記憶があるんですが、シェフがどうして私を雇ってくれたのか、今でも謎です(笑)」

下っ端からのスタートだったが、喫茶店とは違い様々な食材を扱うのでTAIさんの料理のスキルは徐々に上がっていった。

「喫茶店の家庭用フライパンとは訳が違うわけです。重さも、大きさも。何回も何回も洗いました。シェフが使ったフライパンを。それしか出来ない。料理の世界では、スキルが全てですが、喫茶店でついたスキルも、店が変わると調整が必要でした。」

「色々言われていたんだと思うんですが、私は全然平気でした。全然、と言ったら言い過ぎかな(笑)。でも、何にも関係ないんです。性別も性格も。今まで悩んでいたすべてが、です。開放感の方が大きかったので、いろいろな雑音は聞こえないのと同じでした」

「食うには困らないけれど、お金もなければ、時間もなくて。帰ってもただ、眠るだけ。13万、もらってたかな?笑 それでも貯金出来たんです」

仕込みで朝9時に店に来て、片付けをしたら深夜1時。

定休日は週1回だけ。

それでも、毎日充実していた。

「根性論は嫌いです。けれど、この時は一日中拘束されても、平気だった。必死だったんです。覚えることが本当にたくさんあるんですよ。季節によって変わる野菜の処理、バジルは人気の高い夏の素材ですから1年中食べられるように大量にペースト状にしたり。真面目にしてたらある時、自分の賄い作ってみろって鍋(フライパン)渡されてパスタ作ったんですが全然美味しくなくて悔しかったですね」

同時に飲食店経営の為にレストランの運営面に携わったり、実際に会計の勉強などを行った。

【2つ目の夢】

3年が経ち、一人で店を任されるようになった頃、TAIさんは「FtM」という言葉を知ることになる。レストランの会計を担当している女性に告白されたからだ。

「相当に動揺しました。でも、彼女が「あなたが女性であることは分かっているし、自分も女性だ」と。でも、今まで、自分はレズビアン ではなくって、自分の気持ちに戸惑っていると告白してくれたんです。それで、「自分も同じ気持ちだ」と。はっとしました」

しかし、すぐにその気持ちを打ち明けることは出来ず、家に帰ってインターネットを開く。

「なんて検索したのかな、びっくりしました。同じような人たちがたくさんいたんです。当時、アメブロというブログサイトがあって、色んな方達が交流していました。そこには自分の想像していない世界が広がっていました。」

夢中で「FtM」という言葉を追った。

「治療のブログを見たとき、これだ!と。涙が止まりませんでした」

気がついたら、朝になっていた。

 

 

それから、ネット上で交流をしながらも、すぐに大学病院を受診し、ホルモン注射を始めた。

店に通いながら治療に通うことや、トランスの時期を過ごすことが苦しくなってきたので、店を辞めた。

彼女と同棲をしながら、どんどん夢に向かって加速した。

​「手術を受ける時は、やっぱり怖かったです。でも、彼女と結婚する夢も出来ましたから」

 

​彼女からの告白から1年後、彼はタイに飛び立った。

 

【FtM・FtXとお仕事のおはなし】

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好評連載中です。

それぞれの熱い思いが

たくさん詰まっています。

​ぜひ、目を通して見て下さい。