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【取材の裏話】#03. れいれい



東京の白地図を持って上京した。

今のところ一番利用している駅は最寄駅を除けば新宿なのではないかと思う。

新宿にはどこか怖くて乱雑な街と言うイメージがあった。

新宿と名のつく駅は10あるそうだ。

そのうち、JR新宿駅は私にとってはれいれいの駅。





れいれいとはX01プロジェクトで取材を申し入れたのが付き合いの始まりだ。

初めての取材中は細かい事は考えなかった。

礼儀正しく真摯な受け答えをする目の前の人物に「この人のことをもう少し知ってみたい」と言う感情が止まらなくなったからだ。


れいれいは本当に取り繕うと言うことをしない人だ。 何度か関わりを持たせてもらったけれど、いずれの場合も美意識にはとても敏感であっても他人 に見栄を張ったり虚勢を見せたりするような事は本当にない。失敗したことも上手くいかないことも自然に話してくれるし、色々な知見を惜しみなく語ってくれる。 私はまるで子供が図鑑を捲るような気持ちになって、れいれいに聞きたいことを素直に聞いていった。


ジェンダーについて考えていること、海外のジェンダー論や生い立ちのこと、言語のこと、培われた思考のこと。


「どうしてそう思ったの?」と食い気味に幾度も聞く私に戸惑いながらも全て回答してくれた。

れいれいは考え事をする時、目線を逸らして一点を見つめる。

それが綺麗だった。

予想していた「ノーコメント」と言う単語は一切出なかった。


 


れいれいと接していて本当に頭が下がるのは、会話をしながらゆっくりと考えを見守ってくれると言うことだ。 Xジェンダーに対して、性別を意識する言葉は使わないと言うことはLGBTsの方からすると常識だと思う。けれど、私はこれを意識していてもなかなか適応することが出来ず、今でも恥ずかしさで 絶望的な気分になることがある。

れいれいに対して一人称を間違ってしまったこともあるし、海外のLGBTs事情について聞いた時も古い考えを持っていることが分かった。 けれど、それをれいれいは真っ向からは否定しなかった。そして、肯定もしなかった。


「それはどうなんだろうね」


そう言って、少し考えた後に静かに自分の意見を口にするだけだった。

誰かと接する時、人は強い思いを抱けば抱くほど無意識のうちに相手を変えようとする。 それが否定やアドバイス、最悪の場合人格否定のようなものを孕んでしまう場面は多くある。そ れが叶わないと返って自分自身が否定されているように感じたり、絶望したりする。 そして、最終的には諦める。


れいれいはそう言うことからはかけ離れた位置にいる。 自分の考えを話すけれど、そこからは相手の考えを聞きながら相手の歩きたい方向を邪魔するこ となく見守ってくれる。取材中、男女二元論に囚われていた私が言葉の使い方を何度間違えても ずっと寄り添ってくれた。諦めて放置しても良い場面ですら。 私が堪らなくなって自分のために保身に塗れた意味のない謝罪をした時、れいれいは「大丈夫」 と言ったけれど、それ以上のことは言わなかった。 相手のことも自分のことも尊重すると言う姿勢を体現する人だと思った。

れいれいが本来なら怒りを抱いても許されるような自身を傷つける存在であっても、このような接し方を出来る理由はどこにあるのだろう。

私はこれを読んで少しだけそれがわかった気がした。



(画像クリックで外部リンクに接続します)

(れいれい / Ray Hung 「お見送りの文化」公式note より)




初めて取材をした時、JR新宿駅でれいれいと別れた。

私は東京に来て間がなく、当時は山手線の内回りと外回りを理解していないくらいの地図しか脳内に持っていなかった。

人混みに狼狽している姿を見て、れいれいは私を追いかけてきた。 れいれいは最寄りの駅を聞き出すとホームの番号を教え電子掲示板を指差す。

「今日はありがとうございました」と頭を下げる姿を見た時、樹枝付角板みたいだと思った。 清浄で汚れなく、侵すことが躊躇われる存在。



人はいついなくなるか分からない。


そう言った気持ちで日々を生きれる人はどれくらいいるのだろう。


 


ホームに向かって歩き出した後、ふと振り返ってみた。

れいれいはまだそこに立っていて、少し心配そうにこちらを見守ってくれていた。

私は心に力が湧いてくるのを感じて「ありがとう」と言う意味で大きく手を振った。 大人にしては少し恥ずかしいくらいのレベルだったかもしれない。

れいれいは笑って手を振り替えしてくれた。






東京はどんな人間も受け入れてくれる。

けれど、その中で幸せになると言うことは難しそうだと思うこともある。

この街が全てを飲み込もうとしていると実感して怖くなる。

けれど、JR新宿駅で乗り換えをすると、私は勇気を持って雑踏の中に一歩を踏み出していくことが出来る。

きっと誰かが手を振ってくれている。 れいれいのおかげでそう思えるようになった。


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