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開かずのひき出し


10数年ほど前、昼も夜もなく働いていた時期に夕餉が遅くなると、深夜でも定食を出してくれる焼き鳥屋に通っていた。あまりに田舎だったため、 他に空いている店がスナックとコンビニくらいしかなかったのだ。

Nさん(仮名)はそこの常連客だった。

50代くらいの皺のないスーツを着た経営者で、深夜に来店するとだいたい居た。常連仲間の愚痴を渋い顔をして頷きながらよく聞いていた。


Nさんは聞き上手で口が硬かったこともあって皆に好かれているようだったが、そんなNさんが私は苦手だった。

乱暴に言うとナチュラルボーン九州男児だったから。




当時の私は勤務先が離れているという理由で、夫である男性と生活をしていなかった。

別居婚を明らかにした場合、だいたいの反応は決まっていて「羨ましい」「お互い尊重しあっているんだね」というものが少し、ほとんどは「一生このままのつもりなのか」という素朴な問いであった。


「いつ仕事を辞めるの?」

「浮気の心配はないの?」

「子供は欲しくないの?」


その悪意のない裁きを納得させるだけの言葉を私は持っていなかった。そして、それを表面上だけで肯定的に捉えた人がいたとしても「それを我慢できるなんてあまり愛のある夫婦関係ではなさそうだ」「自分のパートナーがそういう人間でなくてよかった」という隠しきれない批判を案に仄めかされているような気がしていた。

自分自身が多少問題を拗らせていたのだろうと今は思う。


だから、Nさんに「こんな時間に外出して旦那さんは何も言わないの?いい旦那さんだね」と言われた時、自身が世間が求める社会的な女性としての役割を果たしていないとを言われている様な気がして、ぺしゃんこになってしまった。挨拶をしてくださるNさんを無視する様なことはなかったけれど、いつも離れた席に座った。


 


ある時、いつものように独り本を読みながら定食を食べていたら、Nさんから話しかけられた。正直、最初はどんよりした気持ちで会話をしていた。

Nさんは珍しく酔っていたと思う。

Nさんには一回り年の離れた妹がいる。妹の名前は綾子さん(仮名)と言って、知的障害を持っていた。両親は綾子さんをあまり外に出すことを好まないため、店には綾子さんの世話を終えてから来ていると話し出した。

Nさんは綾子さんの話をするとき、慈愛に満ちた目をして、とても優しくなる。

それから、Nさんも綾子さんの話をすれば私の反応が芳しいと感づいたのだろうと思う。Nさんは綾子さんとの思い出や現在の状況を2.3回話してくれた。

その小さく幽きの時間だけは、私たちの溝がなくなっていた。

それから、あっさりとまた挨拶を交わすだけの距離に戻った。

私が傷つくことを恐れたからだ。

時々顔を出すNさんの差別的な言葉に対して、それを怒りを持って指摘しそうになる自分が怖かった。





またふた月ほどが巡って、私がその土地を離れることになった時どこから聞きつけたのか、NさんはブルースリーのTシャツを餞別にくれた。

メッセージカードには、繊細な美しい字で「綾子の話を聞いてくれてありがとう。自分を信じて、これからも社会で戦っていってください。応援しています。」と書いてあった。

私は性について不用意な言葉を投げかけられた時の対処がいまだによくわからない。

今考えても私とNさんは心根では分かり合えなかったと思う。

けれど、ブルース・リーの気配に触れると私の胸はちくりと痛む。


ブルース・リーはいまだに実家の引き出しの中で眠ったままだ。




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