​毎週日曜日更新

一節のお裾分け

第7節

自分の物語を自分で探す時代

【私がオバさんになったよ ジェーン・スー】

今回はジェーン・スーさんの「私がオバさんになったよ」からのお裾分けだ。

私はジェーン・スーさんのラジオが好きで、ポッドキャスト番組OVER THE SUN(略してオバさん)の熱心なリスナーである。TBSアナウンサーの堀井美香さんとの会話はオバさんの世間話を聴いている感覚で聴けて、笑って泣ける最高な番組である。好きすぎて豊川稲荷の占いを5ヶ月待ちなのに予約してしまったくらいだ。あんかけ論の回はこの番組ならではの臨場感だったし、互助会仲間になりたくてスンスも植えた。何を言ってるのかてんでわからんという方は、これを機に最新回だけでもいいから聴いてほしい。

https://open.spotify.com/show/4sZYkG465UBmaZfmIqYJwN


FTMというある意味、「オバさんになる人生を捨てた人間」であるにも関わらず熱心にオバさんに近づこうとしているのはこれ如何に、という感じなのだが、誰もが何%かのオバさん成分でできていると思う。

前置きが長くなったが、「私がオバさんになったよ」はジェーン・スーさんと数名の方々の1対1の対談本で、第1回でエッセイを紹介した光浦靖子さんや、能町みね子さんなど8名が参加している。

その中でも今回は脳科学者の中野信子先生との対談からの紹介をしたい。中野先生の本も、人間という動物である自分や他人のことを考える上でとても勉強になる本が多いので、大変おすすめだ。

今回も全文紹介したいくらいなのだが、できるだけかいつまんで紹介していく。
会話は「報酬予測」の話から「化城」の話になる。

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中野 報酬予測というのは「焼鳥が食べられる」じゃなくて、「焼鳥の匂いがする」、あるいは「何月何日誰ちゃんと焼き鳥に行く。その日が楽しみ」という期待感の高まりによる喜びの方が、焼き鳥を食べる喜びそのものよりも大きいというもの。人間は期待感をモチベーションにして生きているんだよね。



中野 多くの人が信仰する仏教という宗教がありまして。その元祖ともいうべきえらい人に釈迦という人がいました。
ジェーン 大丈夫。そこまではついていける。

中野 (笑)。その人がいろんな経典を残した。まあ、弟子が編纂したりしているわけだけど。編纂したうちの一つに法華経があります。化城というのはそこで出てくる概念なのね。リーダーが人々を砂漠のなかで率いて、幸せになれるという場所へ導いていく旅をする。食べ物が尽き、悪条件が重なって、みんなが旅なんかもうやめようと文句を言う。その時、リーダーは神通力で城を出すんです。神通力、というのはまあこの辺は仏教説話なのでね。旅の一行は、その城で一晩の安らぎを得たあと、朝になって気づくと、その城は消えている。



中野 この話を知って、それってドーパミンじゃんって思った。よく考えると、あれ、この一行は本当にこのあとゴールに着くの?と思うんだよね。…ちゃんとしたゴールの城なんて、本当はいつまで経っても現れない。…それでも、ゴールに見せかけた化城がないとダメなんだよね。ドーパミンが分泌されず、生きていくことができない。

ジェーン よく生きるってそういうことなのかもしれない。



ジェーン 十年前まではガンダーラの形が結構はっきりしていた。これさえやっていればガンダーラ行きのチケットが買えるって感じだったのに、経済が覚束なくなったら「あれ、ガンダーラってどういう形だっけ?」て。化城の形があやふやになった。六本木ヒルズの上に化城があった時の方が絶対楽だよ。

中野 IT社長がたどり着いてね。




中野 …その物語を提示する人は、昔は大儲けできたけど、それもだんだん化けの皮がはがれてきたね。自分の物語を自分で探さないといけない時代になりました。でも、逆に考えると、自分で自由に考えていい時代とも言える。


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さて、引用が長くなってしまったが、更に超要約するならば、「人間は期待感をモチベーションにして生きており、昔はその期待(化城)の置きどころが明確であったが、時代とともに期待の形が多様化した今、自分の物語は自分で、つまり自由に考えなければいけなくなったよ」ということである。


それこそ、FTMにとっての「化城」は途中までは非常に明確かもしれない。


女性として生きられないこと、そして男性として生きる道があると分かった時、ネットで調べればある程度明確にテンプレートになった化城が現れる。


精神科でのカウンセリング、生物学的性の検査、診断書、改名、ホルモン治療、胸オペ、性別適合手術、裁判所への申し立てと戸籍の性の変更…沢山の化城を経て僕たちは「男性として生きる」というガンダーラを目指す。


初めて診断書をもらえるとなった時、ホルモン治療ができると決まった時、本当にワクワクしたし嬉しかった。次の変化を今か今かと待ち焦がれていた。吹っ切れてしまえば親と揉めるのも怖くなかったし、半分他人事だった人生が、一気に自分のモノになる感覚を味わった。


今の僕にとって、FTMとしての化城は性別適合手術かもしれない。だけど、ホルモン治療をする前ほどのドーパミンはそこに対して出ていない。


きっと(とはいえこれは前からわかっていたことでもあるが)それは、「戸籍の性を男性にする」というゴールもまたゴールではなく化城に過ぎないということがはっきりと分かっているからだ。化城は「化城」だと思っているのではなく、「本物の城だ」と思っているときにこそ、より多くのドーパミンを出すのだと思う。ゴールなど、そもそも誰の人生にも存在しないのだ。


あしたのジョーでは、ホセ・メンドーサと死闘を繰り広げたジョーがリングで微笑みうつむくように真っ白に燃え尽きて物語が終わるが、東大に入った受験生が「東大に入る」という目標を失って燃え尽き症候群になっても、その人の物語は終わらない。何月何日に誰ちゃんと焼き鳥を食べても、戸籍の性別を男性にしても、化城すら出されない砂漠だけの道であっても自分の物語は続く。


多様な形が認められる今だからこそ、化城の形は曖昧だ。もしかしたら誰も羨ましくないような化城だって、自分にとって生きるための期待になるならそれだけで素晴らしい。


良くも悪くも、比較したってどうしようもない時代。それはFTMだけに限らずの話なのだが、「男になること」だけに振り回されない、自分だけの大きな城への旅をし、その旅路を楽しむ人が増えてほしい、というのが僕の化城かもしれない。

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こうしろう

会社員・ライター・kamenotsuno.com運営

1992年 鹿児島生まれ。青年海外協力隊に従事するなど、ユニークな経歴の持ち主。自身のサイトkamenotsuno.comを中心に、you tubeにてカメのつのチャンネルの配信やno poleの第二期メンバー等、FtMに関する諸問題について、精力的に活動を行なっている。

好きなものは、カメとノート、カレー、黄緑色のもの、などなど。

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