毎週日曜日更新
一節のお裾分け
第49節
自らの欲求を自己完結できないから、他者に認められようとしてしまうのである。
【ブスの本懐】
カレー沢薫著
今回のお裾分けはカレー沢薫さんの『ブスの本懐』からの引用だ。本懐とは本当の願いや本望ということなので、「ブスの本当の願い」ということになる。とんでもないタイトルだ。しかしこの本は、現在はサービスが終了してしまったcakesというサイトの『ブス図鑑』という連載が元になっているため、本来のタイトルよりマイルドになったと言えるかもしれない。
カレー沢薫さんほど巧みで毒舌で面白い(しかもinterestingの方ではなく、funnyの方)言い回しの文章を書ける人を他に知らない。初めてこの連載を読んだときは声を出して笑ったし、これを読むためにCakesを購読していたと言っても過言ではないほどだ。そもそもブス図鑑という企画からして結構狂っている。本の帯には「みんな違ってみんなブス」という金子みすゞもドン引きなメッセージが書かれているのだ。
文章の面白さもさることながらその洞察力も素晴らしく、なるほどなぁと思えることも多い。大半の内容は使えるかどうかわからない過激な内容な気がするが、話のネタには十分なる。
私がこんな風に紹介してもどんなもんかよくわからないと思うので、連載当時私が一番好きだった回から引用する。
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少し前から「最近の若い女は量産型だ」と言われるようになった。みんながみんな、流行りのモテコーデをするので、没個性的になり見分けがつかないというのだ。
しかし、こういった「量産型モテコーデ女」を笑う記事はよく見かけるが、その結論は「こういう女は逆にモテませんよ」とはなっていない。
例えば、スーパーに行き、大根が均一的に並んでいるのを見て「なんて没個性的なんだ買うのやめた」とはならず、「せっかくだから俺はこの隅に置いてある、女体の形に見えるエロ大根を買うぜ」ともならないのだ。
結局、人は没個性的だろうと、形がある程度整っているものを選ぶものであり、変に個性的な格好をするより、モテコーデをしている方が選ばれる確率は上がるのだ。
(省略)
だが、量産型ブスたちは、別に『小悪魔DOBUSU』とかを参考にして、同じようなブスコーデをしているわけではない。つまり、各々が自由にコーディネートした結果揃う、というモテコーデ女より遥かに奇跡度が高い現象なのである。
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私が冒頭で紹介した内容をお分かりいただけるだろうか?鋭い洞察に満ち溢れているのに、こんな感じのテンションでずっと続く。色々と容赦ないのだ。そしてそれは作者本人が「自分もブス」という前提で自虐だからこそ成り立っているのだが、作者本人もあとがきで「この連載でブルーになったし、確実に地獄行きだと確信した。ブスという言葉は決して他人には言ってはいけない言葉なのだ」と書いている。
またこの本の好感度が高いのは、ブスはブスの苦しみがあり、美人には美人の苦しみもあることに触れており、そしてたまに良いことを言っているからだろう。
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自らの欲求を自己完結できないから、他者に認められようとしてしまうのである。
「だって『幸せそう』って思われたい」という女性誌のコピーが、注目を集めた。
言わんとしていることはわかる。それだけフェイスブックや、インスタにリア充っぽい写真を載せて「いいね!」をもらうことに命をかけている人間がいるのだ。
本当に幸せかどうかは置いといて、「他人から『幸せそう』と思われるのが幸せ」という、価値観が存在しているという点には、もはや異論をはさむ余地がない。
そこを追及するのも別に悪くはないが、幸せそうに見せろというのは、戦場に身を投じろと言っているにも等しい。
必ず「いいや、私の方が幸せだ」と襲い掛かってくる女や、「幸せそうにしててムカつく」と足を引っ張ってくる女が現れるからだ。
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以前ルッキズムに関するマンガのお裾分けも書いたが、結局人間が他者と繋がりを持ち、そのつながりの始まりには大概見た目の印象が関わってくる以上、見た目を抜きにするのは難しい。そして見た目にこだわることが悪であるとも言えない。FTMであることだって、見た目や他者からの認識にこだわりすぎた成れの果てと言えなくもない。
アメーバみたいだった我々の祖先である生物達の見た目が多種多様に進化していったのは、視力を獲得し、「自分が見えているということは、見られているということだ」という自覚を持ったからだとどこかで書いたと思う。原始的な時代から本能に刷り込まれたルッキズムに勝ちに行くのか、見た目で人をジャッジしてくる人をスルーして幸せに生きていくのか。
人の数だけ正解があるのだろう。
こうしろう
会社員・ライター・kamenotsuno.com運営
1992年 鹿児島生まれ。青年海外協力隊に従事するなど、ユニークな経歴の持ち主。自身のサイトkamenotsuno.comを中心に、you tubeにてカメのつのチャンネルの配信やno poleの第二期メンバー等、FtMに関する諸問題について、精力的に活動を行なっている。
好きなものは、カメとノート、カレー、黄緑色のもの、などなど。