毎週日曜日更新
一節のお裾分け
第48節
意味は人間の病気だから、それ自体は何も意味しない ということに死ぬまでぼくらは耐えてゆく他はない
【自分にふさわしい場所】
谷郁雄著
今回のお裾分けは、谷郁雄さんの『自分にふさわしい場所』からの引用である。今回は漫画でもビジネス本でもエッセイ本でもなく、詩集からのお裾分けだ。この本は2004年発行で、私が小学生を卒業する頃に発行されている。中学校の図書館でこの本を手にとって読んだとき、初めて「詩」というものの良さを知った。
小学校や中学校の国語の授業で詩に触れてはいたが、いまいちその良さが分からず、国語で出てくる詩というのは学習対象であり、点数を取るために理解するものだったのである。もちろん私の感性に問題があった可能性は充分あるのだが。
私はすぐに谷郁雄さんの詩に引き込まれた。詩といってもいわゆる「詩的な表現」がふんだんに用いられているというよりはわかりやすい表現が多く、何気ない日常を切り取っている。その切り取り方と、感情への結びつけ方が非常にうまく、情景が目に浮かび、その情景の匂いまで感じられるような描写力がある。冬の手のかさつきや、なんの予定もない日の朝の部屋の明かりを感じられる気がする。私はその中の詩がとても好きで、中にはノートに書き写したものもあった。それはこの本の最後に書いてある詩だった。
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人はみんな
天使の願いは
人間になることだった
永遠の命を捨て
つかのまの命を手に入れる
人間の女に恋をして
歓びと悲しみの味を知る
夏の日差しに
汗をかき
冬の風には
骨まで凍え
風を引いて
熱を出し
仕事を休んで
レンタルビデオを
観てみたかった
コーヒーに
砂糖と
ミルクを入れて
小さなスプーンで
かき混ぜてみたかった
物事が
思い通りに行かず
落ち込んでしまって
誰かに励まして
もらいたかった
虫歯の痛みに耐えながら
締切りを過ぎたエッセイを
徹夜で書いてみたかった
冬の朝に死んでしまった
ペットのハムスターを
桜の木の根元に埋めて
春が来るのを待ちたかった
電車に乗って
知らない駅で降りて
その街の小さな劇場で
ストリップショーを観たかった
老いた身体を
必死で支え
駅へと続く
長い坂道を
歩いてみたかった
過ぎ去った
すべての日々を
思い出しながら
前向きに
死の瞬間を
迎えてみたかった
人はみんな
天使の生まれ変わり
地上に暮らすことを
強く願いすぎた
出来そこないの
天使たち
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この詩を読むと、自分の身に起こる些細なことや、しんどいことすら鮮やかに見える。友達とゲームで遊ぶことも、行きつけの食堂で食べるいつものメニューが美味しいことも、風邪を引いて寝込んでしまうことも、仕事が終わらなくてしんどいのも、天使だった自分が地上に憧れて体験してみたかったことなのかもしれないというのは、私の生活に新たな視点をもたらした。
子供の頃一番のお気に入りは先程の詩だったが、大人になって読み返してみると他にも気に入った詩があった。こちらは一部抜粋で紹介する。
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それが 何を意味するのか ちっともわからないが
意味は 人間の病気だから それ自体は 何も意味しない
ということに 死ぬまで ぼくらは 耐えてゆく他はない
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私たちはどんなことにも意味を見出そうとする。それ自体はなんの意味もなくても、そこに縁とか運とかを紐づけたくなってしまう。本当はもっとシンプルに事実だけを見つめれば良いときも、あらゆるものをデコレーションのように捉えて、勝手に腑に落ちて、勝手に有り難がって、勝手に拗ねているのだ。
最近、新型コロナウイルスに感染した。寝込んだ。味覚も嗅覚もやられた。それはそれだけのことで、また流行り始めた時期に気を抜いて酒を飲みに行ったバチが当たったわけではないし、普段の元気な体や正常な味覚と嗅覚への有り難みを自覚させるために仕向けられた不調状態でもない。それでもなんだかそんな事を思ってしまうのは、私も限りある生命で地上を謳歌する出来損ないの元天使だからなのかもしれない。
こうしろう
会社員・ライター・kamenotsuno.com運営
1992年 鹿児島生まれ。青年海外協力隊に従事するなど、ユニークな経歴の持ち主。自身のサイトkamenotsuno.comを中心に、you tubeにてカメのつのチャンネルの配信やno poleの第二期メンバー等、FtMに関する諸問題について、精力的に活動を行なっている。
好きなものは、カメとノート、カレー、黄緑色のもの、などなど。