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一節のお裾分け

第32節

記憶の濃淡は時間や現在の環境によって決まるわけではない。

【豆の上で眠る】
湊かなえ

今回のお裾分けは、湊かなえさんの「豆の上で眠る」からの引用である。湊かなえさんの本は好きで何冊か読んでいるが、この本はタイトルからしてどういうことなのだろう?と思って購入してみた。この、「豆の上で眠る」というタイトルは、えんどう豆の上に寝たお姫さまというアンデルセンの童話からきたものである。

私はこのアンデルセンの童話を知らなかった。「本物のお姫さま」と結婚したいと願う王子さまは、世界中を回っていろいろなお姫さまに会ってみたが、どうも本物だと思える人に巡り会うことができなかった。王子さまは家に帰って塞ぎ込んでしまう。そしてある嵐の晩に、城にずぶ濡れの少女がやって来る。自分をお姫さまだと言う少女に対し、お后さまは本物かどうかを試すために、寝室のベッドの寝具の下に一粒のえんどう豆を置き、その上に何重にも羽布団を敷く。その上に寝た少女に翌朝「よく眠れたか?」と尋ねると、「いいえ、布団の下に何か硬いものがあったので眠れませんでした」と答える。お后さまは「そんなに敏感なのであればお姫さまに違いない」とし、王子さまはこの少女と結婚をした。というお話だそうだ。

この本の物語は大学生の主人公、結衣子(ゆいこ)が帰省するところから始まる。結衣子には2歳上の姉である万佑子(まゆこ)は、結衣子が小学1年生のときに失踪してしまった。2年後、姉を名乗る少女が見つかって家族は一安心するも、結衣子だけはどうもこの少女が万佑子だと思えずに、大学生になった今でも違和感を拭えずにいる。結衣子は帰省を期に、かつての記憶を辿りながら真実に近付こうとしていく。アンデルセンの童話はこの物語の重要なキーポイントとなると同時に、この話が問いかけていることとも重なってくる。

この本のほとんどは結衣子が小学1年生〜3年生の間に、万佑子を探し求めるシーンで、ところどころ大学生になった今、新たに手がかりを探そうとしているシーンとを行ったり来たりしながら進んでいく。この本の本当に序盤のところで出てくる「記憶の濃淡は時間や現在の環境によって決まるわけではない」というセリフはまさに、この一定の時期の記憶が結衣子にとっては非常に色濃く残っていることを意味しているのだが、誰にとっても非常に鮮明な記憶もあれば、何を考えて過ごしていたのだろう?と思うくらい、全く思い出せない時期もあるのではないだろうか。

最近、Youtubeの動画にコメントをいただいた。私が性同一性障害の診断をもらうにあたって、ガイドラインに沿っていたという話をした動画だ。

そのコメントには「自分の中でどこか勘違いしている可能性はないのかと不安になっている。なかなか勘違いをしている可能性はないかと不安に思っている人の話は聞いたことがなかったので、同じように考えている人がいると知って少し安心した。」とあった。

これもある意味記憶の濃淡のせいではないかと思う。多くのFTMやMTFは、初めの頃には「もしかしたら別に性同一性障害ではないのでは?」と疑ったことがあるのではないだろうか?本当に何の迷いもなく、絶対に、確実に、自分は性同一性障害だと言い切れていただろうか。きっとそんな時期はあったはずなのだが、みんなそれを忘れてしまっているか、特に声高に話さないだけなのではないだろうか。

自分は 性同一性障害ではないのかも?という疑念があると、では同時にこの違和感は何なのだろう?ということを考え始めないといけなくなる。その疑念を認めるのは認知的不協和を産むことにもなり、非常に居心地は悪くなる。

この本のテーマは「本物とは何か?」というものだ。そしてベッドの下の豆という違和感に気が付き、少しずつその羽布団をめくって行くような話である。

性別の違和感だけではなく、何か引っかかるものを感じたときに、それを手っ取り早く結論づけられないのは非常に気持ちが悪い。でも、それでも布団を捲らずして、何か硬いものがあるなと思いながら寝心地の悪い夜を過ごすのも、硬いものなんか無かったことにするのも、違うような気がする。そういう生き方もありかもしれないが、私は面倒でも布団の下にある硬い何かを突き止めたいタチなのだと思う。

何を書いてもネタバレになってしまいそうなので、核心につながることは書けないが、最後の数十ページで真実が明らかになっていくところは本当に活字から目が話せなくなった。ぜひ読んでみてほしい。

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こうしろう

会社員・ライター・kamenotsuno.com運営

1992年 鹿児島生まれ。青年海外協力隊に従事するなど、ユニークな経歴の持ち主。自身のサイトkamenotsuno.comを中心に、you tubeにてカメのつのチャンネルの配信やno poleの第二期メンバー等、FtMに関する諸問題について、精力的に活動を行なっている。

好きなものは、カメとノート、カレー、黄緑色のもの、などなど。

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