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一節のお裾分け
第14節
LAST SHOOT
【LAST】
石田衣良 (著)
今回は、石田衣良の短編集「LAST」の、LAST SHOOTからお裾分けする。
これを読んだのはかなり前だが、短編集の中で最も記憶にこびりついている、結構胸糞悪い話である。
主人公の岸本和利は、腕は確かだが稼ぎはよくないフリーランスのカメラマン。奈良原という心臓外科医に雇われて、ベトナムにやってきたところから話は始まる。
ベトナムへの旅費は全て奈良原持ち、綺麗なビーチや美味しいお酒に料理、アオザイ姿の美女まで振る舞われた岸本に課せられた仕事は、幼女を買春する奈良原の性行為をカメラに収めることだった。奈良原は小児性愛者だったのである。
奈良原は大人の女性とできる岸本のことを羨ましいと言う。
「大人の女性と恋をして、セックスができたらどれほど素晴らしいことか。だが、何度も試してみたが、わたしにはできなかった。どうしてもできないんだ」
「欲望というのはシールのように、対象にべたりと貼られてしまうものだ。その対象は自分では選べない。そして、最悪なことに、こいつの接着剤は強力で一度貼ると二度とはがれない。自分が本当に好きなものをただ愛し、欲望を抱くだけで、世界中から犯罪者として扱われるのがどんな気もちか、君には想像もできないだろう」
そう言って涙ながらに自分のことをやや自虐的に語る奈良原を岸本はこう描写する
「自分の望むすべてを手にいれたが、幼い少女しか愛せない男。この世界には不幸の形が無限にある。」
この時点で、奈良原に対する「いけ好かない金持ちな医者で、子供を手に掛ける最低な人間だ」という印象とは少し変化していることが分かる。
そうは言っても、奈良原の気持ちが全く理解できない岸本。エスカレートする行為に胸糞悪くなりながらも、なんとかベトナム滞在中だけは仕事をこなそうとする。
さて、この連載でも折に触れて話しているように、私はFTMだ。幼稚園生の頃には自分が人と違うことに気がついていて、小学校の高学年の頃には女の子が気になるということも自覚していた。
もちろん小児性愛とFTMであることが同じとは思わないし、奈良原がやっていることは許される行為ではない。そもそも買春自体が許される行為ではないが、性行為に対して合意形成ができるほど成熟していない子供を相手にすることはあってはならないだろう。
とはいえ奈良原の「普通の人と同じでいられない」その苦しさに一抹の同情を感じないわけではない。
女性であることを楽しむことができて、自分のことを男性なんじゃないかなんてバカげたことを思わず、女性らしい物を好み、女性として男性を愛せるならどれほど良かったことだろう。自分を何一つ肯定できなかった頃の自分は、ある意味奈良原のように孤独だったかもしれない。
創作ではあるが小児性愛者の思考の一端を覗くことができる話だ。この後物語は急展開し、結局はハッピーエンドにもならないが、胸糞の悪さも含めて読む価値のある話だと思う。
こうしろう
会社員・ライター・kamenotsuno.com運営
1992年 鹿児島生まれ。青年海外協力隊に従事するなど、ユニークな経歴の持ち主。自身のサイトkamenotsuno.comを中心に、you tubeにてカメのつのチャンネルの配信やno poleの第二期メンバー等、FtMに関する諸問題について、精力的に活動を行なっている。
好きなものは、カメとノート、カレー、黄緑色のもの、などなど。